sephton195のブログ

カナダで子育てしながら、日々感じたものを書き出しているブログです。心の内面の観察、実験、実行記録。

      【幼少期の私】

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       【幼少期の私】

私も今現在子育て中なので、自分が小さい時の記憶と照らし合わながら、子供の気持ちを考えてあげることはよくある。

私、小さい時、ほんっとぉに頑固で、嫌なものはゼッタイ嫌で、一度嫌と決めたら、嫌だった。

うちのお母さん、ほんとに大変だっただろうなぁって思う。

とにかく「頑固」。

私が周りで接する子供達って、自分の子供を含め、素直でかわいい子達ばっかりだなぁって思う。

私、なんか、今思うと、子供らしく「素直」なところなかったし、とにかく「頑固」だった。

小学一年かニ年の時、学校全体でやってた年賀状交換で、担任の先生から

「へそ曲がりはもうダメ」

って書いた、ねずみ年の年賀状を思い出す。

先生が書いてる文意の意味が全然分からなかった。

私は、自分が"普通"だと思ってたから。

"普通"

も何もわからなくて、

それが、「私」だったから。

でも、その小学一年二年とお世話になった担任の先生とは、まだ一年に一度のお手紙のやり取りは続いている。

そういえば、こんなこともあった、、、らしい。

母いわく。

保育園のお遊戯会で、みんなが浴衣?か何か可愛くおめかししてステージに上がる日、私だけ、浴衣が着たくないとダダをこねて、着なかったらしい。

お母さん、ほんっと恥ずかしかっただろうなぁ。

一人だけ普段着。

それかステージに上がらなかったのかな。

でも、記憶の中では、やっぱり一度も母に怒られたことがない。

トックリセーター(タートルネックセーター)も、タイツも嫌いで、絶対着なかった。

お母さんも寒い日は頑張って着せようと試みてた。

でも絶対私は着なかった。

私は、「頑固」に嫌なものは嫌だった。

そしていつも母は最終的に私のやりたいようにさせてくれた。

お陰で、斗真も私と同じように、タイツみたいなラクロスの寒い日に着るアンダーパンツを嫌がって、冬の寒い雨の中でもラクロスのゲームに、素足にユニフォームの半ズボンで行っていた。

トックリセーターみたいな、アンダートップのシャツも嫌がって着なかった。

それは代わりに長袖シャツを着てくれたけど。

春のシーズンはラクロスって、屋内のボックスラクロスなのだけど、9月から2月までのシーズンは、外でやるフィールドラクロスで、雨でも練習、試合は外のフィールドでやった。

よっぽど嵐だったり、雨が強くてフィールドが使えない時はキャンセルになったけど、それ以外は、晴れても雨でもフィールドラクロスはあった。

そんなお陰で、斗真はゲームの後、唇が紫色になって「お母さん、寒い」と涙を流したこともあった。で、私は「だからお母さん、言ったじゃん」と私まで涙出そうになった時があった。

私の意見もちゃんと伝えつつ、でも本人の意志も尊重したい。このバランスが難しい。

うちの子は、私みたいに体が頑丈っぽく、風邪も殆どひかないのでそれだけが救いだ。


私のお母さん、そんなみんなと違った「私」でも受け入れてくれてたな。

いつも最後は、私の味方だったな。

旦那に結婚したいって言われた時も、全然反対しなかったな。

凄く動揺してたけど。

大事な娘が遠い国に行くかも知れないのに、反対しなかったな。

なんであの時、反対しなかったんだろう、って時々思い出す時あるけど、長年育ててきた娘のことをよく理解してくれていたんだなぁ。

うちのお母さん、子育て頑張ったなぁ。

お母さんに怒られたことなかった。
矯正されたこともなかった。

自分の子供が、「いやいや」をする度に、私は母を思い出す。

"Unlock Yourself"
お母さん、ありがとう